町には自分が見ていないレイヤーがある

地域の一隅を照らす工務店を
応援したい佐塚です。

うちの事務所は
小学校と中学校の間ぐらいの
位置にあります。

けれど僕は出勤がすごく早いか
割と遅いかなので
児童・生徒とは滅多に会いません。

でも、先日、朝から煮詰って
ちょっと気分転換に散歩に
出てみたら

ちょうど登校時間帯で
小学生がたくさん歩いていました。
(カメラだけ持って小学生の後ろを歩いているので不審者感満点)

さらに、午後に社外に出てみたら
小学生が鳩を追いかけて敷地に
入ってきていました。

大人が勝手に入ってきたら
いぶかしいし怒るかもしれませんが
流石の僕も小学生にはニコニコ対応です。

見慣れた場所でも、時間帯という
別の要素が加わると強烈に変わるんだなと
妙に関心してしまいました。

そんな風な、いつもと違う視点に
気がついて、ある本を思い出しました。

坂口恭平さんの
『独立国家のつくりかた』

坂口さんは0円ハウス・モバイルハウスで
知られる建築家、ということになっているけど
僕の中では文筆家です。

その坂口さんは、本書の中でしきりに
「レイヤー」という言葉を使っています。
(一冊で150回以上出てくる)

レイヤーというのは
CADとか画像編集ソフトとかにあるアレ。
「層」ですね。

でもこの場合は「視点」というか
「立場」というか
そんな要素も含まれている。

小学生が見ているレイヤーと
僕が見ているレイヤーはおそらく違う。

例え時間が同じであっても全然違う。

小学生は
ひとんちの庭にはみ出しながら
登校していく。

鳩(などの目的)のためならどこへでも
入っちゃう。

民地との境目が曖昧なのが
小学生レイヤーなんだ。

小学校で思い出しました。

先日、「せんべろ」の聖地
赤羽に寄り道しました。
(ヨリミチしろって看板あったので…)

酔っ払いの聖地のような
イメージもありますが
実は「酔っ払い禁止(?)」の店も多い。

せんべろといっても1000円分程度では
ベロベロにはなりっこない。
(個人の感想です)

この雰囲気をほろ酔いで
楽しめ、と言う場所なんでしょうね。

歩いていたらすぐ小学校が出てきた。

この飲み屋街、なんと小学校を
取り囲むように立っているでは
ありませんか。

学校の入り口のストリートビュー。
僕なら登校前に一軒寄っちゃうなあ。

でも、小学生と
酔っ払いとは、おそらく
別レイヤーに存在している。

小学生にとっては、多分ただの通学路。
せんべろの看板など見えていない。

酔っ払いたちには
学校は存在しないも同じ。

単一のレイヤーから
地域を見てもわからないことがあると
実感しました。

僕らは、ともすれば
「建築物」を中心とした「見た目レイヤー」
だけを見てしまいがちです。

でも「そこに住む人」「そこで働く人」
「前を通るだけの人」「そこで育って巣立つ人」
「車に乗らない人」「緑が嫌いな人」等々。

他にも色々なレイヤーを重ねて考えないと。

不審者っぽく思われることも多いけど
町にはいっぱい気づきがあります。

車じゃなくて、歩いていつもの町を
味わってみるのもいいもんですよ。

結局吸い込まれて、「さんぜんべろ」でした。
ではみなさま、ごきげん酔う〜!